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ちょっと、 ためになる話。「3」
桃のルーツ2
明治時代以前に日本で栽培されていた在来の桃は、すべて実が小さく、果肉が硬い
ものだったようですよ。
薬缶という油桃「毛の無いネクタリンの仲間」を昔、食べたことがありますが、
苦くて、薬の様な味でした。
これは、明治以前の品種の一部です。
弥次衛門 薬缶
ほんの一部ですが、こんな桃を、生食用や薬用として栽培していたようですよ。
これら在来の桃は、現在の桃の先祖ではないと言うのが定説のようです。
ただ、鑑賞用の花桃などは、これらの流れをくんで現在にも残っています。
それでは、現在出回っている桃「・・白桃、・・白鳳など」のルーツはというと、
明治時代の初めに、中国「当時は清国」から導入した上海水蜜桃という品種ではないか・・?
と昔から言われていました。
最近の遺伝子調査で、白桃系桃のルーツであることが科学的に、証明されたようですよ。
上海水蜜桃は当時の桃としては、高品質だったらしく、{Chinese Cling}と言う名前で、
全世界に、広まっていたようですよ。
残念ながら、上海水蜜桃の写真がありません。あしからず・・・。
これは、明治33年に岡山県で上海水蜜桃の
実生から発見された「離核」いう品種です。
恐らく、上海水蜜桃は、このような桃だったと思います・・??
その後、
白桃が、明治32年に岡山県で、発見され、
白鳳は、大正12年に神奈川県で、白桃を親にして誕生しました。
現在、出回っている桃のほとんどが、白桃や白鳳を親にして生まれたものですから現在の桃のルーツは、
白桃、引いては上海水蜜桃だと言えますね。
これは、上海水蜜桃といっしょに導入された天津水蜜桃という桃です。

昭和初期まで、多く栽培されていたそうです。
大きな実になりますが、果肉が、赤く着色して甘味や果汁が
少ない桃だったようです。
頭の先がとがって桃太郎の物語に出てくる桃のようですね。
学生の時、昔の品種の保存畑にあったので、食べてみましたが、
ぜんぜん、美味しくなかったですね。
そんわけで、品種改良の親としては、あまり使われなかったため、天津の血を引いた
桃は、現在残っていないようです。
今までの話しは、白肉桃の話で、 黄金桃「果肉が黄色い桃」
のルーツとなると、少し流れが違いますよ。
それは、また、次回。
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